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20150321



  今日たまたまはいった喫茶店の窓から

  めいっぱいの桜の枝がみえた。

  2Fにあるお店なので、

  ちょうど目線の位置に、つぼみだらけの枝があった。



  しかし、この時期以外は存在していないかというほどに

  この木のことをしげしげとは眺めたりしないので

  ほんとうにいつの間につぼみをつけているのだろうかと疑問に思う。


  もっと早い段階のつぼみらしき兆候みたいなものを

  来年こそは目撃してやる。といつも思うのに、

  冬の寒さに気を取られて、忘れてしまう。


  気づくのはいつもテレビかなんかで

  東京よりも、もっと南の街のどこかで桜が咲いたと聞いてから、

  そうか、と気づかされる。



  そういえば、桜のつぼみの写真を撮り忘れてしまった。



  友達からお手紙が届いてたので、何度か読み返す。

  その子の住む町の開花予測をみたら、

  東京とそんなに変わらなかった。

  緯度でいえば大して変わらない位置にあると知って、

  すこし嬉しく思ったりしている。





20150314



  とあることを調べていた時に、


  イギリスのジョンキーツの詩句に

  「人生はまだ開かない薔薇の希望」

  という言葉があるらしいことを知った。


  ただ見知らぬ人がその言葉を

  「人生はまだ開かぬ薔薇のつぼみ」

  と書いていたのが気になった。

  わたしは後者の方がなんだか好きだ。

  原文がどんな文章だったのかわからないけれど、

  つぼみという、いつ開くかもわからない、

  本当に開くかもわからないのが、つぼみだ。


  植物を育てて思うが、つぼみをつけても、

  なかなかその先、咲くに至るのが難しいことが良くある。

  膨らんできたかと思うとそのまま開かずにしぼんでしまったりもしばしば。



  でもつぼみをつけたならいつか咲かせたいと願うもので。

  つぼみというその曖昧さがなんだかいいと思ったりした。